<第2回応募作品>『なんじゃもんじゃの光』著者:坂井 むさし

 梅雨の合間の曇りの日、俊介と繭は調布駅前のファミリーレストランで向き合いながら座っていた。繭は半分まで飲んだアイスティーに浮かぶ氷を、ストローで何回も転がしながら会話を続けた。
「俊介、ごめんね。バイトとか忙しかったんじゃない?」
「全然。ちょうど、家庭教師先の生徒の具合が悪くて、バイトが休みだったんだ」
「そう、それなら良かった。俊介、いつもサークルが終わるとバイトに忙しそうだったから...みんなとお茶したり、ご飯食べたりしないでしょ。俊介とちゃんと話をしたいと思ったから...」
繭は動かすストローの手を止めて、俊介を見つめ微笑んだ。
俊介は今春、山梨県の自然豊かな山間の町から都内の私立大学に進学し、一人暮らしをしている。大学の学費やら、アパート代やら、親の仕送りだけでは厳しいので、アルバイトをしながら生活費を補っている。
繭も今春から大学生となり、調布にある自宅から俊介と同じ大学に通っていた。
2人が出会ったきっかけは、大学のテニスサークルだった。繭は長身で美しい黒髪の女性であった。凛とした雰囲気と、時折垣間見せる10代女性のあどけなさが入り交じる魅力的な女性だった。
俊介はサークルに入った当時から、繭の存在が気になっていた。魅力的な女性だけに、周囲の先輩や同級の男子学生が注目していることも知っていた。大学の講義が終わった後、キャンパスで繭から声をかけられた時は、正直、喜びよりも驚きの方が大きかった。

「仮病、使っちゃった」
「え!?仮病って...何?」
「今夜ね、サークルの男子の先輩達と1年生の女の子達で誕生会をやることになっているの。新宿のパークハイアットのスィートで」
 サークルには資産家の息子が何人かいて、彼らがグループで高級ホテルやレストランを借りてパーティーをやっていることは、俊介も知っていた。誘われた女の子達が非日常のお洒落な時間が過ごせると、意気揚々としているのを傍目で見ながら、自分とは関わりの無い世界だと感じていた。
 繭ほどの女性であれば、彼らから声をかけられてもおかしくはないと思った。ただ、毎日、毎日、バイトに明け暮れている自分と、親の金で自由気ままに遊んでいる彼らとの立場を比べて、俊介は少し嫉妬した。嫉妬を悟られぬよう、平静を装いながら俊介は尋ねた。
「で、誰の誕生会?」
「私の。今日が19歳の誕生日なの」
「えっ!繭の誕生日だったの!」
 あまりにもあっさりと繭が答えるので、俊介は戸惑った。高級ホテルのスィートで開かれる誕生会。俊介だって山梨の田舎から上京して、流行のドラマに出てきそうなホテル、新宿の夜景、美味しい料理、そんなシチュエーションに憧れを持っている。それを事もなげに断るなんて。
「私ね、誕生会の誘いがあった時に、断るつもりだったの。だって、学生の身分でパークハイアットのスィートっておかしくない?自分できちんと稼いでいる人が誘ってくれるならまだしも、親のすねでしょ。そういうの、すごいイヤ。でもね、一緒に1年の女の子達も誘われて、その子達が乗り気になっちゃって...私が断ると、誕生会自体がなくなっちゃうでしょ。女の子達の無言のプレッシャーに負けてね、断れなかった。でも、当日、病気ってことにしておけば、誕生会も私抜きでやるだろうって、思って」
「ホテルのスィート蹴って、俺とファミレスだぜ。本当に良かったのか?」
「言ったでしょ。親のすねかじりは嫌いだって。それよりも、頑張ってバイトしている俊介の話が聞きたいし...」
 俊介の心臓が少しキュッとした。男子学生の注目を一身に浴びている繭が高級ホテルを捨てて、自分の前に対峙している。
俊介は覚悟を決め、立ち上がり、会計の準備を進めた。事態が読めずにいる繭に対して、右手を差し出した。
「なんじゃもんじゃの光を観に行かないか」

 2人は調布駅から深大寺へ向かうバスに乗った。バスの最後尾の席に2人は並んで座る。バスはゆっくりと駅前のロータリーを出発する。
繭が怪訝そうに俊介に尋ねた。
「なんじゃもんじゃの光って、何?何をしに行くの?」
「あとでのお楽しみさ。誕生日の想い出になるよう、ささやかなプレゼント」
「へぇ〜、じゃ、楽しみにしているね」
 俊介はバスに揺られながら、饒舌なくらい自分のことを話した。バイトで家庭教師をやったり、そば屋で働いたりしていること。実家の両親が教師をしていること。すごい田舎で電車が一時間に1、2本しか走っていないこと。小さい頃は、近くの沢で沢蟹を捕って遊んだこと。
繭は俊介が話す言葉に耳を傾け、にこやかに頷いていた。
 深大寺入口のバス停で2人は降りた。木々が生い茂り、枝の合間から薄墨色の雲が広がっていることを辛うじて覗き見ることができた。
「まだ、7時ごろだっていうのに、全然人がいないのね。ちょっと怖いな」
「大丈夫だよ。ここは俺のテリトリーだから」
 俊介は繭の右手を握り、深大寺の参道に向かった。
 参道に辿り着くと視界が広がった。鬱蒼とした木々が開け、参道の両側にはそば屋や茶屋が軒を連ねていた。とっくに店じまいをしたそば屋、茶屋を通り過ぎると、茅葺屋根の山門が目に入る。山門の前には水路があり、静寂の夜に清水が流れる音が心地よかった。
「私、深大寺って、大学に行く時にいつも通っているけど、中に入るのは初めて。こんな、静かで綺麗な場所だったなんて知らなかった。昼間に来たら、もっと風情が楽しめたでしょうね」
「夜は夜で、趣があるよ。なんじゃもんじゃの光はこれからさ」
 山門をくぐりぬけ境内に足を踏み入れると、敷き詰められた砂利の音が響いた。本堂を正面にして左手に進み、1本の樹木の前に辿り着く。
「これがなんじゃもんじゃの木。ヒトツバタゴっていう木なんだよ。別名、雪の花とも言われる。まだ、少し花が咲いているかもしれないな」
「雪の花...綺麗な名前ね。光っていうことは、この花が光るの?」
「ちょっと違うな。少し待っていてごらん」
 無言のまま、境内にそびえるなんじゃもんじゃの木を見つめていると、右手から幾本かの黄色い光の筋がすうっと流れてきた。光の筋は2人の目の前で緩やかに舞い、なんじゃもんじゃの木に停まる。
「何!?この光!なんじゃもんじゃの光って...」
「蛍だよ」
「東京で蛍!嘘でしょ!すごい!」
 繭は興奮し、声が大きくなりかけたが、静寂な境内にふさわしくないと咄嗟に悟ったのか、小声で俊介にささやいた。
「私、蛍を生で観るの初めて!嬉しい!」
「誕生日プレゼント、喜んでくれたかな?」
「もちろん!!」

 繭は俊介の肩にもたれながら、幾本かの光の筋を見つめていた。俊介は、繭の体温と黒髪の匂いを感じながら話し出した。
「俺、東京に憧れて、大学に進学して一人暮らしを始めた。でも、どこかで田舎の風景を探していたのかもな。何気なく訪れた深大寺だったけど、山梨の実家に似てる雰囲気があってね、一発で気に入っちゃった。そば屋でバイトしているって言ったろ。実は、参道にあったそば屋でバイトしているんだ。」
「本当!?てっきり、駅前のそば屋かと思ってた。随分、本格的なお店でバイトしていたのね」
「バイト帰りに境内をお参りしていたら、さっきの蛍を発見したわけ。すごい感動したよ。だって俺の実家でも、今頃の季節になると、田んぼの脇の川にたくさんの蛍が舞うからね。深大寺が心の故郷に思えた。きっと、願い事が叶うだろうと思って、一生懸命お参りしちゃったよ」
「願い事って、何...?」
「繭、深大寺のご利益って何か知ってる?」
「知らない。学業の神様とか?」
「違うよ。縁結びの神様。繭と付き合えますようにって、ずっと祈ってた。俺、前から繭のことが好きだった」
 一瞬、沈黙が流れた。肩にかかる繭の重みに、俊介は自然と鼓動が高鳴るのを感じた。
「ありがとう」
 繭は俊介の左腕をぎゅっと抱きしめた。俊介は照れ隠しに、声を張り上げ気味に言った。
「誕生日プレゼントの後は、誕生日会だ!バイト先で貰ったそばがあるんだけど、俺の部屋で食べない?」
「そばでお祝い?しっぶーい!俊介、本当に十代なの?私、そば好きだからいいけど、普通のギャルだったらひいちゃうよー。それと、そばを食べるだけだからね。変なことは駄目!」
「大丈夫だよ。俺を信じろよ」
 2人は手をつないだまま山門を下り、足取り軽く参道の石畳を進む。なんじゃもんじゃの光を背にして。

(了)
 
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<著者紹介>
坂井 むさし(東京都西東京市/33歳/男性/会社員)

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