<第1回応募作品>『だるまさん』

 手を繋いで煉瓦敷きの並木通りを歩く私たちは、きっと仲のよい祖母と孫に見えるでしょう。五月の青葉と空気が、満たされた気持ちとはこういうものだと教えてくれます。えび茶色の、よそいき用ワンピースの端っこが、ひらひら。

 私は、今年で七十九歳になります。夫が死んだ時の歳などとうに追いこしてしまいました。それが、まだ中学生二年生の男の子に手を引かれているのですから、自分でも可笑しくなってしまいます。
「つねこ常子、疲れた?」
 腰が曲がって速くは歩けない私を、だるまさんはいつも気遣ってくれます。最近洒落っ気が出てきたのか、伸びかけた髪になにやら整髪料をつけているようです。制服の着こなしが少しだらしなく見えるのですが、口うるさい婆とは思われたくないので、黙っています。
「疲れたわけじゃないですけどね。だるまさんももうちょっとゆっくり歩きなさいよ」
 せっかくの、いい気候なのですから。
「しょうがないなぁ。常子は婆ちゃんだからな」
 だるまさんはあどけなく毒づいて、声変わり前の喉で笑います。
 小島悟、というのがだるまさんの名前だそうです。でも、悟ちゃん、と呼ぶととても複雑そうな顔をします。だからと言って爺さん、と呼ぶこともできず、死んだ夫の名などもっての外で、私はだるまさんと呼ぶのが精一杯。
「だるまさんはお腹すかないの」
 育ち盛りの腹具合を心配すると、だるまさんは、並木道に並ぶ蕎麦屋の一つを目で追いました。
「減った。でも、お参りしてからにしよう」
全く判りやすい人です。
 
 だるまさんが私の前に現れたのは、二年前の春の日でした。年に一度のだるま市で、私は小ぶりのだるまを一つ、自分のために買うことを小さな楽しみにしていました。アパートでの一人暮らしは話す相手もなかなかいないものですから、スーパーに買物に行く時など、靴箱の上のだるまに行ってきますと告げるのです。その時も、小さなだるまを返す返す、どれにしようかと眺めている最中でした。
「常子」
だるま市の人ごみの中、小柄な少年が真っ直ぐにこちらを眺めて私の名を呼びました。セーターが青かったことだけははっきり覚えています。伸びかけた坊主頭と、愛嬌のある顔立ちは、だるまに似て頬を赤く染めていました。
「なんだいあんた。どこの子」
心当たりはありませんでした。孫の友達だって、私を呼び捨てにしたりはしないでしょう。見れば孫よりもずっと幼子ですし、その孫だって、もう二年も会って無いのです。
「常子。よかった、生きてた」
 そう笑って、それから子供は顔をなお赤くして泣きました。泣いても笑ってもいっそうだるまに似ています。だから、だるまさんと呼ぶことにしました。
 私は途方に暮れて、暖かい饅頭を買って見ず知らずのその子に握らせました。
「だるま市に来れば、常子に会えると思ったんだ」
 泣き止んだだるまさんは、口に餡子をつけたままこともなげに言ったのです。
「毎年来てたじゃん。おれ、生まれる前から知ってた」

 山門を潜ると、私の好きな静謐さが身を引き締めます。ナンジャモンジャの白い花が慎ましやかに咲き誇っていました。
「だめよ。先に手を清めないと」
本堂に急ぐだるまさんを引きとめ、線香を買い、煙と清水に触れてからお参りします。だるまさんはいつも何か熱心に拝んでおります。でも、私はそれ以上の真摯さで祈ります。
夫が死んだのは十五年前。脳卒中で寝たきりになってから三年目の夏でした。夫はたいそう働き者だったので、麻痺で動けなくなった体をとても惜しみ、それ以上に私に面倒をかけることを申し訳なく考えていたようです。柴崎のアパートで、私たちは穏やかに暮らしていました。天井や、布団脇の尿瓶を眺める夫の眼差しに、生きることの悲しさが垣間見えても、私は傍にいて欲しかった。動けぬ夫の日々向かい合い、それぞれの苛立ちから口論も多々ありました。夫の調子と機嫌がいい時を見計らって、たまに深大寺に参拝するのが、その頃の私の唯一の息抜きでした。夫が早く逝くことを望んでいることを知りつつも、私は私のわがままから、少しでも傍にいてほしいと延命観音様に祈っていたのです。
「でもおれ、死ぬときのこと覚えててさ」
 だるま市でだるまさんは言いました。
「常子が心配だ心配だ。ありがたい。申し訳ない。常子を一人にできない。そういう感情と、名前と、この場所だけは忘れずにまた、生まれてきた。一人で会いに来れるようになるのをずっと待っていたんだ」
 だるまさんが言うことには、死ぬ前の全てを覚えているわけではなく、それらの記憶は年々薄れていくものだそうです。忘れないように、字を覚えたての頃からメモに残していた。住んでいた部屋の風景は思い出せるけれど、そこまでの道筋はわからない。だからここで待っていたと。見知らぬ子供にそんなことを言われて、信じられる人がいるでしょうか?
「それは、よく会いにきてくれたねぇ。でもあんた遅いじゃない。せめて電話くらい入れてもらわないと困るわ」
「しょうがないよ。電話番号まで持ってこれなかったんだから」
「今どこに住んでんの」
「府中」
「うまい具合にご近所でよかったね。北海道とかならあと十年は待たなきゃいかんもんね。ところで、あんたどこで私の名前見たの」
「あ。常子信じてないな。まじだって。常子の名前だけはこっちまでがんばって持ってきたんだって」
「あっはっはっは。それはご苦労だったね」
「イシハラツネコ。おれはイシハラタケオだった。タケは山のほう。子供は二人だった。男の子と女の子。男の子は子供の頃に病気で死んだ。子供も辛かったけど、そのあとずっと落ち込んでいる常子を見るのが辛かった。復員して常子に会えて、タケオはとても幸せだった。死ぬときに見た天井。常子が手を握っていた。あとはずいぶん忘れてしまった」
「よく知っているんだねえ」
「おれは常子に会えて幸せだったよ。また会えて嬉しい」
「ありがとう」
 もちろん私は信じませんでした。けれど涙はこぼれました。私の名前はアパートの郵便受けを見たのか、病院の待合室で見かけたのか、機会はいくらでもあったのでしょう。私たちの生い立ちについては、どなたかご近所の人から聞いたのかもしれません。嫁に行ったきりになった娘について、愚痴をこぼしたことだってあったのですから。なぜ、私なのかと理由だけがわかりません。使った手の込んだ年金詐欺かとも一瞬警戒しましたが、支払うような貯えも私にはそれほどありません。優しい子供の残酷ないたずらということにしておきました。一人暮らしの年寄りをからかう嘘は、泣きたくなるほど、信じたい何かがありました。事実私は信じたかった。置物のような夫が、もっと小さな白い箱に収まり、石の下に行ってから、私はずっとずっと一人でした。それがでたらめでもこんな風に、言ってくれる人がいてもいいと。
 その日限りと思ったいたずらは、子供の気まぐれゆえかその後も続き、早いものでもう二年。週に一度ほど、だるまさんが電車に乗ってやってきます。どう説明したのかは知りませんが、だるまさんのご両親は、おばあちゃんが増えたようだと喜んでくれました。たまに土産や電話まで入れてくださいます。私も孫が増えて嬉しいです、と澄まして答えています。だるまさんが来ると、私たちはまだ夫が元気だった頃のように、連れ立って深大寺まで散策に参ります。植物公園まで行く日もあります。それはとてもゆっくりとした道行きです。
 四季を回す水車を脇目に、私たちは手を繋いでどこか遠くへ思いを馳せるのです。だるまさんはまだ若いのに信心深く、私を憶えて再び会えたことは何かのお導きで、感謝してもしたりないと言います。そして、昔の道行きを辿ることで、タケオの記憶をとどめて置きたいと言うのです。でも、だるまさん自身はやはり歳相応の子供なのです。
「常子が倒れたら、今度はおれが面倒を見るよ。だからおれが大人になるまで元気でいてもらわなきゃ」
 帰りの蕎麦屋さんで、だるまさんはいつも同じことを言います。
「いい病院だってあるし、福祉の方もよくしてくださるのよ。だるまさんだって今年は高校を受けるんだから、そんなまめに来なくたっていいんだよ。勉強はできてるの」
「やってるよ。高校生になったらバイトもできるじゃん。そしたら常子におれが蕎麦をご馳走するよ。携帯も持つから、常子も持ってよ。ストラップはお揃いであれにしよう。お財布につけている目が飛び出すだるま」
「家の電話だって大して使わないのに必要ないでしょ」
「安心できる」
「そんなことより、まだ若いんだから、早く可愛い子でも好きになんなさいよ」
「常子は冷たい」
「私ほど優しい婆もそんなにいない」
「おれも優しいよ」
「優しいのは知ってるけども、だるまさんはこんな婆さんにつきあって何が楽しいんだか。義務で来ることなんかないよ。好きに時間を使えばいいじゃない」
「使ってるよ。楽しくなかったら来るわけないじゃん」
「何が楽しいの」
「時間が停まるところ」
 たまに、だるまさんが本当に死んだ夫の生まれ変わりじゃないのかと、信じる瞬間もあります。慎ましい我が家の玄関先で、だるまさんがだるまを懐かしそうに撫でているとき。苦労ばかりの戦後の思い出話を、黙って聞いていてくれるとき。こうして向かい合って、昔のように蕎麦を啜るとき。生まれ変わりというよりは、生前そのままの夫が、私の手を引いているような気がしてくるのです。
 けれどそれはやはり、信じすぎてはいけないのです。
「時間は停まったりしないよ。悲しいときも嬉しいときもすべて過ぎ去っていくものだよ」
「たまに停まる」
「それはまだだるまさんが若いからだね。歳取ると何もかもあっという間だよ」
「せっかくおれは常子に会いにきたのに」
「うん。今日も楽しかったよ」
 深大寺前からだるまさんを乗せたバスが見えなくなるまで、私は身じろきもせずに見送っていました。そうしてから、手を背中で組んで、一人暮らしのアパートまでゆっくり帰ります。
 私もまだまだお礼参りをしなければなりません。新しくできた願い事も一つあるのです。
 もし、万が一だるまさんが夫の生まれ変わりならば、どうか、今生でおしまいにしてください。
 あまりに満ち足りた日々と思いは、すべてこの世に置いてゆきます。だるまさん、あるいは夫は、充分すぎるほどによくしてくださいました。
 来年か、再来年か、あるいは十年後か、最後の日が訪れるあかつきには、どうかまたこの思いを抱えて生まれ変わることなどありませんように。
 だるまさんはいつか来なくなるかもしれません。それでも私は充分に幸福ですし、死者でも生者でも変わらず夫を思い、同じほどこの恋の供養を願っているのです。

(了)



<著者紹介>
(神奈川県川崎市/29歳/女性/自営業)

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