<第1回応募作品>『池の畔』著者:倉嶋 秀樹

 晴れの得意日とは言ったものだ、10月10日の秋の日が快晴の空から斎場を照らしていた。何時もより小さく見える祖父の姿を私は黙って見ていた。葬儀も滞りなく終わり、丁度一ヶ月くらい過ぎて、店も平穏さを取り戻した頃、祖父が2,3日、父に任せ、旅行へ行くと言い出した。蕎麦打ちも仕込みも、今は父が行っているとは言え、味の見極めは、何時も祖父がしていた。戦後に店を出した歴史の浅い蕎麦屋にとって、味の維持が重要だとの思いが祖父にはあったのだろう。
「何処に行くんだ?まだ35日も終わってないじゃないか。」
父は、祖父の外出にこう苦言を呈した。特に反対するつもりはないが、35日の法要の直前であったことに多少不満があったのだろう。
「今行かないと間に合わないから。」
ぽつりと一言いって祖父は厨房の奥へ行ってしまった。私は、祖父が祖母の死を期に引退を考えたのではないかと勝手に思い込み、祖父のこの一言など気にせずに、
「行かせてあげればいいじゃん。店をお父さんに全て任せるなんて無かったことだし、おばあちゃんが死んだから、もうそろそろとでも思ったんじゃないの。」
などと、余計なことを言っていた。

 次の朝になって、祖父は、旅行へ行くと言うメモを残して、家からいなくなってしまった。旅行へ行ってしまったことは明らかであったが、行き先も日程も告げずに消えてしまったので、家族はそれなりに動揺した。とは言え、35日の法要の準備もあったし、店のこともあったので、帰ってきたら文句を言おうと言うことで、父の一括の元、家族会議は終わりになった。
 私は、家族会議の輪の中にいながら、全く別の事を考えていた。昨晩、非常に不思議な夢を見たのである。夢の中で私は、深大寺の池の前に立っていた。子供の時より親しんだ場所だけにそこが、深大寺の池であることはすぐに分かった。ところが、池の畔の社が無いのである。それが気になって、ふと、池を見ると大きな亀がこちらに泳いでくるのである。亀は水面より頭を持ち上げると、私の頭の中に直接話しかけてきた。
「声をかけねば恋もかなわん。お前の様な奴は自分の気持ちも良く分かっておらんだろうがの。」
と亀に言われて、何かを私は言い返そうとして目が覚めたのであった。私には、確かに気にかける異性がいる。しかし、それほど強い恋愛感情を持っているとも、自分の気持ちを伝えられない自分自身を厭になってもいなかったので、心の奥底では亀に言われた様な心理が有って、ストレスにでもなっていたのだろうかと真剣に悩んでしまったのである。

 家族中が浮き足立って、私も別のことに浮き足立って、3日が過ぎ、祖母の35日の法要を翌々日に控えた夕方、祖父は、泥だらけの靴で帰ってきた。様々にそれぞれの立場から祖父に、文句や、心配であった事などを告げたが、生返事をするばかりで、何処へ行ったの問いかけには、一言こう言った。
「奥久慈へ行って来た。」
父は、その一言を聞いただけで思い当たることでもあったのか、家族にもう失踪事件の事では、何も聞かない様に諭した。母は、嫁の立場というのがあってか、まだかなり不満顔であったが父の言葉に従った。私は、奥久慈が何処に有るかも分からず、ただ奥と地名に付くのだから紅葉のきれいな所で紅葉狩りにても行ったのだろう位に思った。祖父は、非常に疲れた様子で直ぐに床に就いてしまった。

 翌日の朝になって、祖父に宅配便が二つ届いた。送り主も祖父だったので、土産かと思い、祖父にその事を告げると、祖父は、店の開店前に、店内のレジ前の飛び石に使っている石臼を掘り出した。掘り出した後の穴の始末を父に告げ、奥でこの石臼を丁寧に洗っ
て、中央に小穴のあいた方に使い古したベルトと、荷縄ですりこぎ棒を側面に固定した。宅配便の荷を解くと蕎麦の実と籾殻を梱包材にした自然薯が入っていた。我が家の蕎麦屋は、生蕎麦であって、繋を使っていないのに自然薯とはとか、今は長野の新蕎麦の粉が店でも出しているのにと、私は変に思った。祖父は、蕎麦の実や自然薯を見ながら、嬉しそうに独り言をいった。
「この実はよく天日で干してある。良い匂いだ。天然物は細いが、やはり堀たては、泥も乾いて無くて新鮮だな。」
その言葉を聞いて、私は、祖父がなにやら素材への拘りが有った事と、靴を泥だらけにする程、入手困難で旅行に3日間歩き回った事を感じた。

 昼の営業時間も終え、昼休みなると、祖父は、父に夜の分の仕込みを任せて、石臼に向かい、蕎麦の実を製粉した。そして、ざるで外皮の粗いところを除き、さらに、菓子箱の一辺を切り落とした即席の箕で細かい外皮を器用に取り除いていた。
「昔は、もっと道具が揃っていたのに。」
と、言いながら、祖父は、この繰り返しを延々と夜遅くまで繰り返していた。
 翌朝、祖母の35日法要の当日、朝早くから、祖父は、擂り鉢で丁寧に擦り潰した自然薯を繋に蕎麦をうった。天然の物の自然薯は非常に粘度が高く、八百屋で売っている山芋とは、明らかに別物で有った。後で教えて貰ったが、自然薯はその辺で売っている山芋とは別品種で、自然薯自体山芋と呼ばれる事が昔は一般的だったとの事であった。法要も終わり、参集して貰った親類縁者にこの特製蕎麦が振る舞われた。この特製蕎麦は、蕎麦屋の子である私も初めての香りの強いもので、素朴という言葉が非常にぴったりの味だった。この時、祖父の失踪事件が話題となったが、当の本人は旅行の目的を語らず、深大寺に行くと言って席を外した。しかし、旅行目的が、材料の蕎麦の実と自然薯の入手に有ったことは、誰の目から見ても明らかだったし、席を外した事も照れ隠しであると思われた。叔母が、充分に特製蕎麦を堪能した後、奥久慈と言う単語から旅行目的の推理を披露した。
「初めての家族旅行の場所だったからね。お母さんの疎開先って聞いていたけど。だから奥久慈だったじゃないの今回の旅行先が。それに、この蕎麦の味は、疎開先だった家で頂いた蕎麦の味みたいじゃないの。お父さん、だからこの蕎麦をうちたかったんでしょう。」
言葉の最後の方には、叔母の目が少し潤んでいた。この推理に誰もが納得した。私は、父が、奥久慈の言葉で、家族をなだめた時、同じ思いが有っただろう事を思った。一同は祖父の祖母への思いの深さの様なものを感じた。

 会食も終わりに近づいて来たのに一向に帰る気配の無い祖父が気になり、私は、母に耳打ちし祖父を迎えに深大寺へ向かった。しかし、深大寺の表境内に祖父はいなかった。私は、夢の事を思い出し、池の方へ足を向けた。池の畔の社の前に祖父はいた。社には、祖父の特製蕎麦が、供えてあった。私は、祖父に家に帰る様に促し、祖父もそれに従った。帰り道で私は、叔母の蕎麦への推理を祖父に話した。すると、祖父は、天日干しの蕎麦の実が入手困難であったこと、自然薯を掘る人の家を譲って貰う様にお願いして回った事などを話してくれた。そして、
「昔は貧乏だったから、何処へも連れて行けなかったから、そんな昔の事を覚えていたんだろうな。小学校の夏休みなんて何処にもつれていかないとよく文句を言われたからな。」
と叔母の推理が正しかったことを認めた。しかし、蕎麦へのこだわりか、今日の蕎麦については、
「今日の蕎麦は、もてなしの料理で、店に出す物じゃないんだ。蕎麦屋は、蕎麦でお客に喜んで貰えばいい。でも、今日のは、婆さんの客への振る舞いだから別物だ。昔の旅行の時に連絡もしないで押しかけて、それでも最高のもてなしをしてくれた、婆さんの親戚の心遣いの真似事みたいな物だ。」
と言って、まだまだ、その域には達していないかの様に話をした。私は、その疎開先の家の人が今回、参列していないことを訪ねると、
「あの家の息子は優秀で旧制の高等学校に行って、そのまま学徒で戦死して、跡継ぎがいなくなった。今回も墓にだけには行ってきた。」
と答えた。子供のいなくなった夫婦が、自分の娘の様に祖母を思っていたであろう事は何となく理解できた。そして、家族旅行でわざわざ突然押しかけたり、それでも祖父の家族旅行で最高のもてなしをしてくれたのもその為であると思った。

 私は、夢の事もあって、あの社に何故、お供えをしたのかを祖父に尋ねた。する、祖父は、聞こえるか聞こえないかのような声で、
「あの池の亀が・・・。」
と言いかけ、思い直した様に、
「いやいや、婆さんが子供らや孫らをこの辺でお守りしてからな。」
と言い換えた。
 私は、祖父が気恥ずかしいだけでなく、この池の亀に祖母との出会いのお礼をしたくて、席を外したのだと思った。そして、意中の人に告白することを決意した。




<著者紹介>
倉嶋 秀樹(茨城県牛久市/37歳/男性/会社員)

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